「あすみ」は「明日見」です。
私達は、今、紛れもなく生きている。
水は氷に「なる」。しかし、氷に「なろう」としてなるのではない。
生きている生命は、「生きよう」として生きている。大腸菌のような1ミクロンの程度のものの原核細胞生物でも、生命は「なろう」とする「意欲」のようなものを持っている。
60兆個の細胞からなる「一人」のヒトも、すべての生命は、誕生以来、一度も絶えることなく、「なろう」とし、生き続けてきた。誕生以来40億年である。
虫達も私達も、生命あるものは皆、生命誕生以来、一度も死ななかった。だから、今も生きており、私たちは皆40億歳を、今、生きているのだ。
「なろうとするもの」は、「なろう」とする「意欲」のようなものを「持ったもの」と言えるが、その意欲して「なろう」とする時、生命は「明日見」しているのだ。単独ではなく、多様に、重層的に、連環して、である。
「グリーンプラ」の本性は、生命の「明日見」する本性に、資するものとして誕生した、と言えるだろうというのが、私たちの考えで、これからそういう「グリーンプラ」の「あすみ」を研究してゆきたいと、考えています。
どうぞ宜しくお願いします。
(顧問 小川東二 :Z154)
