哲学的「共生論」試論
- 本稿は改稿されました。
- 旧稿のエグゼクティブ・サマリー(要約)と目次のみを掲載します。
- 哲学的「共生論」改稿『固有の他者』を参照ください。
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「なろうとするもの」の共生する本性
「固有の他者」をめぐって
エグゼクティブ・サマリー (要約)
生命のユニットは、細胞である。その細胞分裂は、生命の直接的な分割で、母細胞は自分の「死」を発現させずに、自分を増殖し、遺伝子を分配して娘細胞2個とし、更新している。彼らは死なない。しかし、多細胞化した個体の生命は、「死」を発現させながら、有性生殖により「生」を更新している。彼らの個体は死ぬのである。 ![]()
生命の誕生は「なろう」とする「意欲」あるものを、実現したということだが、それは同時に「死」を伴った「生」を実現したということでもある。
「なろう」とする生命は、「とりまくもの(=環境)」を直接認め、自発的に、自立して向き合い、根源的に、自由で、直に(じかに)生きている。
生命たちは、「なろう」とするが故に、共になる利益に遭遇し、「共生」の味を占め、直接的、間接的、潜在的に、時間を媒介として、「共生」を拡充している。地球上の生態系の存在が、その成果である。
「死に得る生命」は、自己の内に「他のもの(死)」を、即ち「限界」である「固有の他者(死)」を、伴った存在だと見ることが出来る。この「固有の他者」は、へーゲルの論理学でいう存在(定有)の「限界」だと考えてよいが、われわれは、ヘーゲルが捨象する「固有のもの」に注目するべきであると考え、水には水の、生命には生命の、「固有の」本性があり、その「固有のもの」に注目し、「固有の他者」を取り上げるのである。
生命の「論理」を巡るわれわれの分析は、生命の本性として、@「他の存在」を承認することで「なろう」とする生命が成立させる「共生」の論理と、A「存在」そのものの「他のもの」を巡る「固有の他者」の存在と、その「限界への挑戦」を試行する生命の本性が確認でき、新たな課題に遭遇するのである。
-目次- はじめに |
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